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日本の古典文学

以前に読んだことがありますが、再度、読み返しました。

 「方丈記 」鴨 長明 著

 ゆく河の流れは絶えずして、しかし、もとの水にあらず   

 

 この書き出しの意味が理解できると、挫折、災害、苦しみなどを、乗り越えていけそうな気がします。

 長明が、暮らしていた京都で、次々と大災害に襲われました。

 23歳ー大火災  26歳ー竜巻  26歳ー遷都  27歳―大飢饉   31歳―大地震

 世の中の無常と絶望を、わずかな期間に経験し、また、本人の生活も、挫折、絶望を経験しました。

 晩年には、方丈庵をつくり、自然とともに暮らしました。

 琵琶は、一流の腕前で、また、和歌をたしなみました。

 長明は、貧しく、粗末な生活だが、心が満たされてと書いてます。

 幸せになれるか、どうかは、「心」一つで決まると言ってます。

 謙虚に、前向きに進んでいきたいと 書かれてます。

 

美術館

国立新美術館、Buhrle  Collection  印象派展に出かけました。

この時期の絵画は、音楽と深い関係があるので、とても興味がありました。

大好きな絵画ばかりで、大変に感激して見ることができました。

芸術、文化は、生活と切っても切れない関係だと、再度思いおこしました。

ピアノ、教育

ピアノ、「教育」について考えてみました。

どのようなことを育てることができますでしょうか。

「音楽について」

読譜力(音符が読めるようになる) 表現力(どのように音楽を表していくか)

音楽史(バッハから、モーツアルト、ベートベン、ショパンなど作曲家に触れることなど)

歌心(心から歌うように弾くこと) 聴く力(自分で演奏することと同時に音楽を聞くことを養う)

 

「人間性について」

感受性(音を聞いたり、楽器に触れたり、五感を養う) 想像力(文学と同じく音の世界から広がる想像力)

継続力(物事を諦めなく、努力していく力) 自信(自分を信じていく力を積み上げること)

礼儀(人と人との道徳性)  コミュニケーション力(人と人を繋げる 大切なきずな を養う)

センス(音楽をすることで築かわれる感性) 好奇心(生きていく上で、とても重要な前向きな心)

幸福感(大切な心を育てていき、幸せ感を積み上げること)

 

他にもたくさんあるように思いますが、文化を育てていくように思います。

教育、ピアノ

音楽(ピアノ)をするということは、あらゆる音楽力を、付け加えると

とても豊かになります。五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)を

フルに活用して、リズムをうつ、歌をうたう、音を読む、音を聞く、

音を書く、等など。また、音楽をすることは、自分を育て 、心が

浄化して、豊かになります。

 

 

 

 

 

詩集

最近に、昔に読んだ詩集を読み返しました。

kanecoさんの「星とたんぽぽ」

   青いお空のそこふかく、

   海の小石のそのように、

   夜がくるまでしずんでる、

   昼のお星はめにみえぬ。  

     見えぬけれどもあるだよ。

     見えぬものでもあるんだよ。

 

彼女の詩の中に流れる優しさ、清らかな魂は、目にみえないもの、

小さきものに優しい目を持ち、やさしい日本語で、こころの奥底に

響きます。こころを持った「ことば」は、いつまでも色あせないです。

 

 

 

   

美術館

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ファン ゴッホを見に行きました。「日本の夢」パリ時代から日本に関する文献をあつめてたそうです。

日本に高い関心を寄せていて、浮世絵などを見て、実際に彼の絵には、登場します。

こんなにも、日本に興味があったとは、驚きでした。彼にとって、日本は、創造の源であり、理想郷でした。  

新年

新年にあたり、今年もよろしくお願いします。

昨年、関西にて、学会に出席しまして、今年も、東京で開催され、刺激をいただきました。

研究者の方々には、心から感心します。

細かいところまで、研究されて 本当に勉強になり 新たなエネルギーの源になります。

今年も、意欲的に前進します。!!

絵本

「ぽぱーぺ~~~~」 T氏 、 「ルピナスさん」 K氏 を読みました。

「ぽぱーぺ~~~~」は、言葉になる以前の擬声語、擬態語で表されていることで、イメージ、創造力を

 かきたてられます。O氏の絵が、とてもマッチしていて何とも素敵です。

「ルピナスさん」は、自己の満足感と幸福感とともに、同時に他者への思いやり、生への美しさに

 つながるお話でした。

 

放映、ピアノと日本人

日本の最古のピアノは、江戸時代、シーボルト(ドイツ人)が、日本に持ってきて1828年 帰国する時に、友人のクマヤ氏に譲ったピアノがあります。山口県にいまでもあるそうです。                                                              

明治時代には、伊沢修二氏が、アメリカで、1875年、音楽教育を受けました。ドレミファソラシドの音階で、ファ、シの音が、とれにくく歌いにくい、とても苦労したそうです。帰国後に 日本人が、よく歌えるように唱歌を作りました。恩師のメーソン氏を、日本に招いて 一緒に唱歌を作りました。 「むすんでひらいて」 ルソー作曲  、「蛍のひかり」スコットランド

 

大正時代には、京都で、ペトロフ(当時、オーストリア王室御用達のピアノ) または、スタインウエイ ピアノを、教育のために 人びとが、小学校に、設置しました。   それから、家具職人が、スタインウエイを、まねてヤマガピアノを作りました。

昭和には、敵国の音楽とされてましたから、、音楽を守ろうと必死だったようです。キーワードは、絶対音感です。

戦後は、大量ピアノ生産で、音楽も盛んになり、クロイツアー氏も 感激した ということです。

 

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放映

日本人で初めて ベルリン フィルハーモニーを指揮をしたC氏のお話しです。音楽家、指揮者であると同時に、ユダヤ人の亡命を助けていた と

いうことです。自分のオーケストラを作って秘密コンサートなどを行い、彼らの国境越えを助けていたらしいとのことです。私の先生の先生(クロイツア―氏)は、ベルリン在中には、C氏に音楽の指導をとても熱心に行なった。また、C氏の手助けでクロイツアー氏は、日本に亡命しました。

人間の歴史、伝統、主義主張を超えて 人間愛につながり 音楽の力(魂にふれるもの、ハートに直接くるもの)を感じました。

 

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